祖母と有馬記念

私は田舎に住んでいる。
田舎と言っても昔に比べ田畑は減り、少し歩くとコンビニがいくつも見つかる。ただし娯楽施設は限られており趣味を持たない人間は休日に何をして良いかわからず、ただただ呆然と立ち尽くしている。(そんなことはない)


両親が離婚し此処で暮らすようになったのが小学3年生になる頃、それからはずっと祖母に面倒を見てもらっている。祖母は回遊魚のようにいつもせかせかと家中を動き回っており、私は祖母が座ってゆっくり食事をしているところを見たことがない。(正確には一度だけあるが、素手でそうめんを啜っていたので記憶から抹消した)
小学生のころ一緒に通学していたK君。彼が我が家を訪ねて来ると祖母は必ず壁をドンドンと叩いて2階の私に知らせてくれた。祖母はよく私に「火の元には注意してくれな。一生懸命建てた家じゃからな」と切実に訴えてくるのだが、同一人物なのか疑わしくなるほど暴力的に壁を叩く。その音を聞いて私は準備を始めるのだが、30秒も経った頃には再び祖母が大きな音をたてはじめる。さらに30秒経っても私が降りてこなければ祖母は直接部屋に乗り込んできて「いつまでK君を待たせるんだ!!」と怒り始める。こんな生活を繰り返しているうちに、私はK君が来る前に必ず玄関で待つようになっていた。パブロフの犬どころではない。


そんなせっかちな祖母の影響をモロに受けて成長してしまったせいか、もともと我が家の夕食の時間は19時30分だったのだが【①夕食が19時30分なので私は19時20分にリビングに集合②孫が待ってるのに料理が出来ていない!大変だ!】のサイクルを繰り返し、今では17時50分に飯が出来上がるようになってしまった。ランディー(ランチ+ディナー)という信じられない食事スタイルを産み出してしまうのも時間の問題である。
食事の時間に私が席を立つことはない。全て祖母がやってくれる。お茶と言えばお茶が出てくるし、おかわりと言えばおかわりが運ばれてくる。何度か気を利かせて台所にモノを取りに行ったことがあるが「持ってくから座っとけ!」と追い返されてしまった。何もしない孫でいる方がどうやら祖母にとっては良いらしい。相当な世話焼きである。


そんな祖母が2017年の暮れ、私に突然こんなお願いをしてきた。
「馬券を買ってくれんか」
賭事とは無縁の祖母が何故と一瞬不思議に思ったが理由はすぐにわかった。北島三郎オーナーの所有馬、キタサンブラックの引退レースである。祖母は「よろしく頼むな」と、私に5千円札を握らせた。なぜかすごく嬉しかった。これで祖母の楽しみが1つ増えた。


有馬記念を現地で観戦するのは二度目。本当は毎年でも観に行きたいのだが、こうも離れた場所に住んでいてはなかなか難しい。しかし、やはり現地観戦は良い。私の本命も祖母と同じくキタサンブラックだ。
ご存知の通りレースはキタサンブラックの快勝。私の馬券は惜しくもハズレたが、祖母は見事に単勝5000円を的中させた。
キタサンブラックのラストランを現地で観ることが出来て本当に最高の気分だったが、それと同時に私はこんなことを考えていた。
(今回は現地観戦よりも、家で祖母と一緒に観戦するのが正解だったかもしれないな。。。)
恐らく祖母が馬券を買うことは二度とない。
祖母の最初で最後の馬券。
キタサンブラック単勝5000円】


テレビの前の祖母はキタサンブラックの勝利をどんな表情で観ていたのだろうか。完